「マイペンライ」
これ、タイ語で「大丈夫、気にしないで、なんとかなるよ」みたいな意味なんですけど、僕はこの言葉が本当に好きで、長年のタイ通いでいちばん心に刺さった言葉です。
今日は、僕がタイを愛してやまない理由を、エッセイ形式で書いてみます。いつものジムの話でも格闘技論でもなく、ただの「僕のタイへの愛」です。
最初のタイは、ムエタイのためだった
初めてタイに渡ったのは、まだ現役選手だった頃。ムエタイの聖地で本場の技術を学びたい、ただそれだけの理由でした。
バンコクのスワンナプーム空港を出た瞬間、あの熱気と湿気と匂いの洗礼を受けて、「ああ、異国に来たな」と全身で感じた。日本の夏よりもっと濃い、南国独特の空気。タクシーの中で汗が止まらないのに、運転手のおじさんはTシャツ一枚で涼しそうにしてる。
最初に泊まったのはバンコクの古い安宿。エアコンはあるにはあるけど、ぎりぎりの効き。シャワーはぬるい。でも窓の外から聞こえてくる屋台の音と、どこからともなく漂ってくるガパオの匂いで、なんか妙に興奮してたのを覚えてます。
翌朝、ジムに向かいました。木の床が跳ねる感触、サンドバッグの革の臭い、先生がタイ語でなんか言うてる内容はわからんけど、目の鋭さだけで十分伝わってくる。
「あ、僕はここで生きていける」って思った。
バンコクは、混沌の中に優しさがある
バンコクという街は、正直、滅茶苦茶です。
渋滞は凄まじい。バイクは車線を関係なく走る。トゥクトゥクは煙を撒き散らしながら突進してくる。路地には犬が昼寝してる。寺院のすぐ隣にコンビニがある。高層ビルの足元に屋台が並ぶ。
何もかもがごちゃまぜで、整理されていない。でも、それがバンコクの魅力なんです。
道に迷ったとき、スマホの地図を見ながら困ってると、必ず誰かが声をかけてきます。英語が通じなくても、身振り手振りと笑顔で一緒に解決しようとしてくれる。
タイの人って、根っこのところに「人が困ってたら助けるのは当然でしょ」という感覚がある気がする。押しつけがましくなく、でも確実に手を差し伸べてくれる。
そしてその後、何かお礼を言おうとすると、ニコッと笑って「マイペンライ」と言って去っていく。
いや、かっこよすぎるやろ、それ。
ワット・ポーの朝と、タイ式マッサージの話
バンコクで必ず行くのがワット・ポー。涅槃仏で有名な寺院です。早朝に行くと、まだ観光客が少なくて、お坊さんたちの読経の声と線香の煙の中に、でかい金色の仏像がどーんと横たわっている。
あの空間、なんか好きなんですよね。信仰とか宗教とか難しいことは置いといて、ただそこにいるだけで背筋が伸びる感覚がある。
ワット・ポーはタイ式マッサージの総本山でもあります。境内のマッサージスクールは世界的に有名で、僕も何度かお世話になりました。
タイ式マッサージって、最初は「ただ押すだけやろ」と思ってたんですが、全然違う。関節を曲げて伸ばして、体の経路(セン)に沿って流していく。終わった後の体の軽さが半端じゃない。格闘技の練習で固まった体が、みるみる解れていくんです。
あれはもう「施術」じゃなくて「格闘技」やと思います(笑)。受ける方も体力いる。
チェンマイで覚えた「ゆっくり生きる」感覚
バンコクに慣れてきた頃から、チェンマイにも行くようになりました。北タイの古都。バンコクとは全然空気が違う。
チェンマイの朝は静かです。お堀に囲まれた旧市街を歩いていると、托鉢のお坊さんたちが僕ンジ色の袈裟をまとって列を作って歩いている。その光景を見ているだけで、不思議と心が落ち着いてくる。
ナイトバザールのカオソーイ(チェンマイの名物カレーラーメン)を食べながら、現地の人と片言で話す。「どこから来た?」「日本!」「ムエタイやってる?」「会長してる!」「ハハハ!」みたいなやり取りで、なんか笑いが起きる。言葉なんか関係ない。
チェンマイで気づいたのは、タイの人って「急がない」んです。仕事も、食事も、会話も。やることはちゃんとやる。でも必要以上に急がない。
僕、日本にいると「早く!効率よく!無駄なく!」って、知らず知らずのうちに自分にも人にもプレッシャーをかけてるな、と気づいた。
チェンマイの時間の流れ方を体で覚えてから、少しだけ力が抜けるようになった気がします。
屋台メシへの果てしない愛
タイに行ったら絶対外せないのが、屋台飯です。これは断言できる。
僕の鉄板は——
- カオマンガイ(蒸し鶏のせごはん):朝でも昼でも夜でも食える万能選手。シンプルなのに飽きない。
- ガパオライス:バジル炒めに目玉焼き乗っけて食うやつ。これがあれば他はいらん。
- カオソーイ:チェンマイ名物。ほんのり甘いカレーのスープにモチモチの麺。揚げ麺のトッピングが食感のアクセントになってる。
- マンゴースティッキーライス:デザートなのに食事みたいな満足感。甘くてもちっとしたもち米に、完熟マンゴーとコンデンスミルク。これを夜に食べながら一杯やるのが至福。
タイの屋台飯はとにかく安い。美味い。早い。「食事って本来こういうもんやな」と思わせてくれる。
銀座の高級店より、バンコクの屋台の方が幸せになれることは、確かにあります(笑)。
「マイペンライ」という生き方
タイに何度も通ううちに、僕は「マイペンライ」という言葉を自分なりに解釈するようになりました。
これ、「なんでもいい」「どうでもいい」という投げやりな意味じゃないんです。
「今、自分にできることをやっている。だから、あとは大丈夫」という、根拠のある落ち着きだと思う。
格闘技の試合も同じです。やれることをやり尽くして土台を作った上で、「マイペンライ(なんとかなる)」と土俵に上がれるかどうか。準備もせずに「なんとかなるやろ」は違う。でも準備した上での「マイペンライ」は強い。
タイの人が強い理由のひとつはここにあると、僕は本気で思ってます。
ムエタイの選手たちも、試合前にワイクルー(師への敬礼の儀式)をゆっくり丁寧にやって、それが終わったら全力でぶつかってくる。あの落ち着きと爆発力の両方を持てるのは、根底に「マイペンライ」があるからじゃないかと。
また行きます、タイへ
こんなことを書いてたら、またタイに行きたくなってきました。
チェンマイの朝の空気を吸いながら、カオマンガイ食って、ムエタイジムで汗かいて、夜はカオソーイとビアシン(タイのビール)で一杯やりたい。
タイは僕にとって、単なる旅行先じゃないです。ムエタイの原点であり、「力を抜く」ことを学んだ場所であり、「マイペンライ」という哲学をもらった場所。
TURN UPでムエタイを教えるとき、僕の中には必ずタイがある。技術だけじゃなく、タイの人々のあの感覚ごと伝えたいと思っています。
ということで——
マイペンライ。
今日も練習、お疲れさまでした。