「やあやあ、弥次さん、今日は東へ向かうでございますか」 「おお喜多さん、いざ江戸へ——いや、東京へ参りましょうぞ」
……と、こんな書き出しで始めようと思ったが、僕には弥次さんも喜多さんもいない。一人で新幹線に乗った。のぞみ、自由席。
東海道中膝栗毛といえば、江戸時代の人気滑稽本。弥次さんと喜多さんがドタバタしながら東海道を旅するあの名作だ。ならば僕も、高槻から東京への旅を同じ精神で記録してやろうと思い立った次第である。
題して——「東海道中膝栗毛」。
膝栗毛とは「膝を馬の代わりにする旅」、つまり徒歩旅行のことだが、僕は新幹線で行くし、膝も馬も関係ない。タイトルだけ拝借した。ご容赦いただきたい。
第一章 出立——高槻駅、晴れ
旅というのは、出発前がいちばん面白い。
高槻駅の改札前で、僕はしばらく立ち止まった。別に感慨深いわけではない。Suicaをどこに入れたか忘れて、鞄の中を探していたのだ。
……あった。ズボンのポケットだった。
在来線で新大阪へ出て、新幹線ホームへ。のぞみの自由席に乗り込むと、隣に座った男性が分厚いビジネス書を読んでいた。「稼ぐ力」とか書いてある。僕も稼ぐ力は欲しいが、今日は旅だ。
窓の外を眺めながら、柿の種を食う。
東海道というのはすごい。新幹線で走ると、大阪から東京まで約2時間半。弥次さんたちが何十日もかけて歩いた道を、僕は米を食いながら爆速で通過している。文明の利器というのは恐ろしい。そして少しだけ申し訳ない気もする。
富士山が見えた。
僕は右側の窓から首を伸ばした。雲がかかっていたが、稜線はちゃんと見える。
でかい。
当たり前のことを言っているが、本当にでかい。何度見ても、富士山だけは「うわ、でかっ」となる。なぜだろう。日本人のDNAに「富士山を見たら感動する」というプログラムが刻まれているのかもしれない。
第二章 品川着、まず腹ごしらえ
品川で降りた。東京駅まで行ってもよかったが、品川の牛丼が食いたかったからだ。
格闘技をやっている人間にとって、旅先での食事は重要案件だ。何を食うか。どれだけ食うか。糖質か、タンパク質か。僕はもうバリバリ現役というわけではないが、食への本能は現役のままである。
牛丼屋に入る。並盛に生卵と味噌汁をつけた。
弥次さんたちが東海道の宿場で名物料理を食ったように、僕も旅先で「その土地のもの」を食う——予定だったが、品川の吉野家は高槻の吉野家と同じだった。
それでも旨い。牛丼は旨い。
どこで食っても旨いということは、それはもはや「文化」ではないか。吉野家は日本の文化だ。誰も否定できない。
第三章 浅草・雷門前にて、深く考える
せっかく江戸に来たからには、江戸らしい場所へ行かねばなるまい。
浅草へ向かった。
雷門の前に立つ。観光客が多い。外国の方も多い。大きな提灯の前で、皆が写真を撮っている。僕も撮った。スマホを縦にしたり横にしたりして、結局一番普通の構図の写真を一枚だけ保存した。
仲見世を歩く。人形焼き、揚げまんじゅう、雷おこし。甘い匂いが立ち込めている。
揚げまんじゅうを買った。あんこ入り。熱い。
頬張りながら歩いていると、隣を歩いていた外国人観光客のカップルが「Excuse me, photo?」と話しかけてきた。シャッターを押してほしいのかと思ったら、僕と一緒に写真を撮りたいということだった。
……なぜ?
僕、別に有名人でもないし、芸能人でもない。高槻のキックボクシングジムの会長だ。
でも断る理由もないので、一緒に写った。二人ともすごく嬉しそうだった。僕もなんか嬉しかった。
浅草寺にお参りをして、おみくじを引いた。中吉。
「旅行 よし」と書いてあった。今まさに旅行中なので、タイムリーすぎる。
第四章 両国にて、相撲への愛を叫ぶ
江戸に来たら、両国には寄らないわけにはいかない。
僕と相撲の関係については、このブログでも少し書いたことがあるが、改めて言わせてほしい。僕は相撲が好きだ。特に時津風部屋への愛は人一倍だ。
両国国技館の前に立つ。場所中でないので中には入れないが、外から見るだけで気持ちが高まる。この丸い屋根の下で、あれだけの取組が行われてきたわけだ。
江戸時代、相撲は「勧進相撲」として両国で盛んに行われていた。弥次さんたちが旅した時代にも、この辺りには相撲茶屋が並んでいたはずだ。
時を超えて、僕も同じ場所に立っている。
そう思うと、なんだか感慨深い。揚げまんじゅうを食ったのがちょっと場違いな気もしてきたが、まあいい。
近くの相撲博物館(無料)をのぞいた。歴代の横綱の写真や、力士の手形が展示されている。でかい手形があった。僕の手も決して小さくはないが、比べると子供みたいだ。
改めて思う。力士はおかしいほどでかい。
第五章 上野で考える「強さ」のこと
上野公園を歩いた。西郷隆盛の銅像の前に立った。
西郷さんは薩摩藩(今の鹿児島)の偉人だ。僕とは縁もゆかりもないが、この像はとにかく迫力がある。犬を連れた浴衣姿なのに、なぜかものすごい存在感だ。
格闘技をやっていると、「強い人」というのが何人か頭に浮かぶ。リングで強い人、精神的に強い人、人として強い人——みんな違う。
西郷さんはたぶん、全部強かったんだろうな。リングはないけど。
僕のジムに来る会員さんたちも、みんな何かと戦いながら来ている。仕事の疲れ、ストレス、「このままでいいのか」という焦り。そういうものを抱えながら、グローブを付けて、ミットを叩いている。
それは現代の「旅」かもしれない、とふと思った。
弥次さんと喜多さんも、別に何かを成し遂げようとして旅をしたわけじゃない。ただ歩いて、食って、ドタバタして、それでも前に進んだ。
僕たちもそれでいいのかもしれない。
第六章 夜の東京、一人で飲む
夜、新橋の居酒屋に入った。一人だ。
カウンター席に座って、生ビールを頼む。枝豆が来る。
隣の席のサラリーマン二人組が、会社の上司の愚痴を言っていた。僕には関係のない話だが、なんとなく聞こえてくる。どこの会社にも、どこの時代にも、面倒な上司はいるらしい。弥次さんたちの時代にもきっとそういうやつはいたはずだ。
焼き鳥を頼んだ。ねぎまとつくね。
一人で飲む酒は、不思議と頭が動く。ぼーっとしながら、いろいろなことを考える。ジムのこと、会員さんのこと、これからのこと。
僕はキックボクシングで2冠を取って、それを引退して、今は教える側にいる。選手として戦っていたときと、指導者として立っているときでは、見える景色がまったく違う。
弥次さんが旅の途中で「僕はなんで旅に出たんだろう」と考えたりしたかどうかはわからないが、旅というのはそういうことを考えさせるものかもしれない。
ビールをもう一杯頼んだ。
第七章 帰路——新幹線の中で
翌日の夕方、帰りの新幹線に乗った。
行きと同じくのぞみ、自由席。今度は窓際の席が取れた。
東京の街が遠ざかっていく。スカイツリーが見える。だんだん小さくなる。
弥次さんたちは、旅から帰ったあと何を思っただろう。「また行きたい」と思ったのか、「やっぱり江戸がいちばんだ」と思ったのか。あの物語は旅の途中で終わっていて、帰り道は書かれていない。
僕は——また来たいと思った。
東京は面白い。大阪とも高槻とも違う空気がある。でも、帰りたいとも思っている。高槻のジムに、会員さんたちが待っているから。
富士山がまた見えた。
今度は夕日に照らされて、さっきよりほんの少し赤かった。
でかかった。
やっぱり、当たり前のことしか言えない。でも、それでいい。
あとがきにかえて
東海道中膝栗毛の弥次さんと喜多さんは、伊勢参りを目的に出発したが、途中のドタバタのほうが本番だった。
僕の今回の旅も、たいした目的はなかった。強いて言えば「江戸の空気を吸う」ことだが、それは吸ったかどうかよくわからない。
でも、富士山を二回見た。浅草寺で中吉を引いた。外国人観光客と写真を撮った。両国で相撲への愛を静かに叫んだ。新橋で一人でビールを飲んだ。
それで十分だ。
旅というのは、何かを得るためだけに行くものじゃない。ただ動いて、見て、食って、帰ってくる。帰ってきたとき、少しだけ「行ってよかった」と思えれば、それが旅だ。
次はどこへ行こうか。
……弥次さんたちは京都にも行っているな。
京都なら高槻から近い。また今度、膝栗毛で行ってみようと思う。