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ジムの日常

僕が僕であるために

僕が僕であるために
勝ち続けなきゃならない
正しいものが何なのか
それさえわからなくなってた

— 尾崎豊「僕が僕であるために」

この歌が好きだ。中学生のころから、ずっと好きだ。

尾崎豊が何を伝えたかったのか、当時の僕には半分しかわからなかった。でも不思議なことに、刺さるという感覚だけははっきりあった。言葉の意味よりも先に、体に入ってくる音楽というのがある。この曲はそういう曲だった。

歳を重ねるにつれて、歌詞の意味が変わってきた。同じ言葉なのに、30代で聴いたときと、40代で聴いたときとでは、届く場所が違う。人生の経験値がフィルターになって、言葉の重さが変わっていく。そういう曲が、本物の曲だと思っている。

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「自分らしくいる」ことの難しさ

「自分らしく生きろ」というのは、簡単に言われる。でも実際にやろうとすると、これが恐ろしく難しい。

社会に出ると、「自分」は常に何かに削られていく。会社の都合、人間関係の摩擦、世間の目、誰かの期待——気づけば、自分の輪郭がぼやけている。「こうしなければいけない」「こうあるべきだ」が積み重なって、どこかで本当の自分がどこにいるのかわからなくなる

僕にもそういう時期があった。選手として試合に出ながら、「これは本当に自分がやりたいことなのか」と問い続けていた時期が。強くなることへの欲求と、誰かに認められたいという欲求が混ざり合って、どちらが本物かわからなくなっていた。

リングに立つとき、人は剥き出しになる。戦略も計算も、相手の前では一瞬で崩れる。残るのは、本当の自分だけだ。それが怖くて、でも同時に——それが救いでもあった。

勝ち続けなきゃならない、の意味

「勝ち続けなきゃならない」という歌詞を、長い間、文字通りの「勝負に勝つ」ことだと思っていた。でも今は違う解釈をしている。

尾崎が言う「勝つ」とは、自分を失わないことへの闘いだと思う。流されないこと。削られないこと。世間の圧力に負けて、本当の自分を手放さないこと。——それを「勝ち続ける」と表現した。

これは一度勝ったら終わりじゃない。毎日、毎瞬間、続いていく闘いだ。しかも相手は外にいるんじゃなくて、自分の中にいる。楽な方へ流れようとする自分、承認を求める自分、誰かと同じになろうとする自分。そういう自分と、毎日少しずつ向き合う作業だ。

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キックボクシングが教えてくれたこと

格闘技を続けてきてよかったと思うのは、技術や体力の話だけじゃない。

「今の自分」と向き合う時間を、強制的に作ってくれる——それが格闘技の本質だと今は思っている。

サンドバッグを叩いているとき、人は嘘をつけない。疲れていれば動きが鈍る。焦っていれば呼吸が乱れる。技術が身についていなければ、ごまかしが効かない。鏡の前で打つより、正直な自己評価ができる場所は他にない。

それを繰り返すうちに、「今の自分はこうだ」という認識が研ぎ澄まされていく。理想と現実のギャップをごまかさずに見られるようになる。そのギャップを埋めるために動けるようになる。——これが、格闘技が人を強くする本当の理由だと僕は思っている。

「僕が僕であるために」は、格闘技の話でもある。

TURN UPを作った、もうひとつの理由

ジムを作ったのは、「キックボクシングを教えたい」という気持ちだけじゃなかった。

自分が格闘技に救われたように、自分を見失いかけている誰かの、立ち返る場所になりたかった。仕事でぐちゃぐちゃになった頭を、汗で洗い流せる場所。強がらなくていい場所。弱い自分をさらけ出しながら、少しずつ強くなれる場所。

それがTURN UPだ。

だから、強くなりたい人だけじゃなくていい。試合に出たい人だけじゃなくていい。ただ、今の自分をリセットしたくて来た人も、ここに来ていい。目的なんてなくていい。とりあえず動いて、汗をかいて、帰る——それだけでも、意味は必ずある。

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尾崎豊は26歳で逝った。あまりにも早すぎた。でも彼が残した言葉は、今も誰かの中で燃え続けている。それが本物の言葉の力だと思う。

僕が僕であるために。

闘い続けること——それは、誰にとっても終わらない宿題だ。リングでも、日常でも。でもその宿題があるから、人は前に進める。僕はそう思っている。

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