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ジムの日常

トンボ

トンボよ トンボよ
どこへ行く
お前は前にしか
飛べないのか

— 長渕剛「トンボ」

トンボは後ろに飛べない。

これが事実かどうか、子供のころに父親に教わって以来ずっと信じてきたが、調べてみると実際は少し後退もできるらしい。でも僕の中では、トンボは前にしか飛べない生き物だ。そう思っていたい。

長渕剛の「トンボ」を初めて聴いたのは高校生のころだった。最初は意味もよくわからず、ただその声の迫力に圧倒された。なにかを絞り出すような、痛みを押しつぶすような歌い方。聴いているこっちまで胸が苦しくなった。

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一緒に闘った奴らのこと

格闘技を続けていると、「仲間」というものの意味が変わってくる。

友人とも、同僚とも違う。同じジムで、同じ苦しさを共有した人間というのは、言葉が少なくても分かり合える部分がある。弱いところを見せ合っている分だけ、妙な信頼感がある。

選手時代、一緒に練習した仲間が何人かいた。毎朝ロードワークを走り、ミットを持ち合い、スパーリングで互いをぼろぼろにした。試合の前夜は言葉もなく、ただ同じ部屋にいた。それだけで、十分だった。

あいつらは今、それぞれの場所で生きている。格闘技を続けている奴も、まったく別の道に進んだ奴も、消息のわからなくなった奴もいる。でも、あの時間だけは消えない。体が覚えている。

「トンボ」を聴くたびに、そいつらの顔が浮かぶ。

前にしか飛べないということ

格闘技をやっていて一番学んだことは、過去の試合は変えられないという、当たり前すぎる事実だ。

負けた試合を何度も頭の中で再生した。あそこでなぜ下がったのか。あの一発を、なぜ見切れなかったのか。悔しさがぐるぐると渦を巻いて、眠れない夜が何度もあった。

でも結局、答えはいつも同じだった。練習するしかない、と。

後悔することと、引きずることは違う。後悔は次に活かせる。でも引きずることは、ただ重さを増やすだけだ。トンボが前にしか飛べないように、時間も前にしか進まない。だったら自分も、前を向いて飛ぶしかない。

これは諦めじゃない。むしろ逆だ。過去を手放すことで、はじめて全力で前に進める。

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ジムに来る人たちを見ていて思うこと

TURN UPには、いろんな事情を抱えた人が来る。

仕事でうまくいかない時期の人。人間関係に疲れた人。何かを変えたくて、でも何をしていいかわからない人。そういう人たちが、なんとなくジムの扉を開ける。

僕はその人たちに何も聞かない。理由を聞かない。ただ、一緒に動く。

練習しているうちに、その人の顔が変わっていく瞬間がある。始めたときより少し、軽くなっている。抱えてきたものを、汗と一緒に置いていったみたいな顔。その顔を見るのが、正直なところ、ジムを続けている一番の理由だ。

前にしか飛べないトンボは、それでも飛び続ける。止まったら落ちるから。でも飛び続けることで、風景が変わっていく。昨日見えなかったものが、今日は見える。

それでも、前へ

長渕剛がこの曲を作ったのは、自分自身への言葉だったと思う。問いかけるように「どこへ行く」と歌う。前にしか飛べないことを、責めているのか、励ましているのか、どちらともとれる。

僕はあれを励ましだと解釈している。

後ろに飛べないのは弱さじゃない。それがトンボの生き方だ、ということだ。人間だって同じだ。過去には戻れない。時間は巻き戻せない。だったらそれを嘆くより、前に飛び続けることを自分の生き方にしてしまえばいい。

リングに上がるとき、人は必ず前を向く。相手から目を逸らさない。逃げない。それがどんなに怖くても。

人生も同じだと思っている。

トンボよ、どこへ行く。

——前へ。それしかない。

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